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...... 2024年08月20日 の日記 ......
■ 《 最初のオペラ 》   [ NO. 2024082001-1 ] o

【 オペラ「エウリディーチェ」 】



ペーリ,ヤコポ 〔伊〕
(1561.08.20〜1633.08.12) 71歳 



最初のオペラを作曲したといわれているペーリは、
463年前の8月20日にローマで生まれ、
フィレンツェで71年の生涯を閉じた。

ルッカで学び、1591年にメディチ家の宮廷楽長、
1601年にはフェラーラ宮廷の楽長をつとめた。

当時の貴族や風流人たちは、あちこちの宮殿に集まり、
芸術を楽しんでいて、このような集いは
「カメラータ」と呼ばれていた。

古代ギリシャの音楽を復活させようと、
バルディ伯とコルシ伯の邸に集まった芸術家の一人が
ペーリで、彼の才能は、劇的なものと表情豊かな
朗唱に発揮された。

詩人のリヌッチーニと作曲家カッチーニなどと
協同で作り上げた、オペラ「ダフネ」は1597年
コルシ伯の宮廷の謝肉祭で初演された。
これがオペラの誕生である。

アポロの求愛から逃れるために、父親の川の神に
頼み、月桂樹に姿を変えてもらった娘(ダフネ)の
ギリシャ劇から作られたものである。

しかし、楽譜は残されてなくて、現存する
最古のオペラは、その後作られた
オペラ「エウリディーチェ」で、1600年に上演された。

詩をリヌッチーニが書いたが、作曲はペーリの筆になる
ものと、カッチーニの筆になるものの二つがある。
これらは大きな違いはなく、作品は成功した。

愛するエウリディーチェを亡くした夫のオルフェオは
毎日、嘆き悲しんでいた。
それに同情した愛の神、アモーレは彼を死後の
世界に送り、妻を取りかえすように言った。

ただ決して、地上に戻るまで彼女の顔を見ては
ならないとの約束があったので、彼女の顔を
見ることなく連れ帰ろうとした。

しかし、エウリディーチェは、夫が自分を見ようと
しないのは、愛が冷めたからだと嘆いた。
オルフェオは、彼女の悲しむ声と愛する妻の顔を
見たいと思う気持ちから、とうとう振り返ってしまった。

その途端、エウリディーチェは倒れて息絶えた。
オルフェオは嘆き後を追おうとするが、愛の神が
現れ彼を押し止めた。

愛の神は「愛の誠は十分示された」と告げ、
エウリディーチェは再び息を吹き返して、
二人の愛は結ばれる。

当時オペラは「ドランマ・ペル・ムジカ」と呼ばれていた。




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