[PREV] [NEXT]
...... 2023年09月25日 の日記 ......
■ 《 病の床で 》   [ NO. 2023092501-1 ] co

【 チェロ協奏曲 第2番 ト長調 Op. 126 】
        
ショスタコーヴィチ,ディミトリー 〔ソビエト〕
(1906.09.25〜1975.08.09) 68歳 肺癌
         

             
二十世紀を代表する大作曲家のショスタコーヴィチは、
117年前の9月25日にロシア帝国の
サンクトペテルブルクの鉱山技師の家庭に生まれた。
父は大の音楽愛好家、母はペテルブルク音楽院出身の
ピアニストで、彼は母からピアノの手ほどきを受け、
後にペテルブルク音楽院で学んだ。

卒業作品として発表した「交響曲 第1番」で、
一躍天才作曲家として認められ
「ソビエトの生んだ最初の天才」
「現代のモーツァルト」といった賛辞につつまれた。

翌年の1927年に、第1回ショパン国際ピアノコンクールに
出場し、入選している。

ショスタコーヴィッチは、映画音楽から歌謡曲まで、
あらゆるジャンルの曲を作曲している。
融通性に富んだ才能は種々様々な作風を、ジャンルにより、
当局の意向により、自由自在に変えているので、
日和見主義と決めつける人もあるが、あの時代の
ソヴィエトの現実を考えるとそれも仕方のないことだった。
彼は生涯をソビエトで過ごした。

共産党機関紙から“ブルジョア的”と名指しで
批判されいったん失脚したが、
社会主義リアリズム路線に忠実な古典的傑作の
「交響曲第5番」を作曲した後、カンバックした。 

「チェロ協奏曲 第2番」は、1966年に
ショスタコーヴィチの生誕60周年を記念する
コンサートのために作られ、その日に作曲者自身の
指揮とロストロポーヴィチのチェロにより初演された。

作曲当時ショスタコーヴィチは、心臓病などの
持病に悩まされ続けていて、この作品のほとんどは、
クリミヤ半島の町ヤルタ近郊の保養所で
作曲が進められた。

ショスタコーヴィチは、2つのチェロ協奏曲を
のこしているが、活発で明るい第1番に比べ、
第2番は病の床で真夜中にみる夢のようだ
とも評される。

        第1楽章 Largo
        第2楽章 Allegro Attacca
        第3楽章 Allegretto



(チェロ)ミーシャ・マイスキー     
(管弦楽)ロンドン交響楽団       
(指揮) マイケル・ティルソン・トーマス
      ♪ 私が聴いた音源 ♪




...... トラックバックURL ......
  クリップボードにコピー

...... 返信を書く ......
[コメントを書く]
タイトル:
お名前:
メール:
URL:
文字色:
コメント :
削除用PW:
投稿キー: