 【 ミサ曲「聖なる処女より」】
ジョスカン・デ・プレ 〔フランドル?〕 (1440頃〜1521.8.27?) 81歳?

ルネサンス盛期を代表するフランドル楽派の 大作曲家ジョスカン・デ・プレは、天才芸術家の レオナルド・ダ・ビンチにならぶ地位に立っていた。
生地など、生まれたときの詳しいことはわからないが、 若い時代にイタリアに行き、ミラノの大聖堂聖歌隊の 歌手をつとめたり、ローマで教皇礼拝堂の 一員として活躍し、1500年ごろには作曲家としての 名声は広く知れわたっていた。
1505年にはフランドル地方に移り、その地方を 領有していたハプスブルク家の皇帝 マクシミリアン一世と、その娘でフランドル摂政を つとめたマルガレーテ姫の保護を受けた。
彼の最後の曲集は死の前年に書かれていて、 マクシミリアン一世の後継者カルル五世に捧げた 「若干の新しいシャンソン」である。
1521年8月27日にコンデで没したと 伝えられているが、一説には1524年まで 生きていたともいわれている。
彼は多くの作品を残しているが「聖なる処女より」は 晩年のミサ曲で、生涯の活動の頂きに立つ曲である。
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