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...... 2022年11月13日 の日記 ......
■ 《 老いの過ち 》   [ NO. 2022111301-1 ] s

【 わが最後の旅のための行進曲と追想 】
        
ロッシーニ,ジョアッキーノ 〔イタリア〕
(1792.02.29〜1868.11.13) 76歳 直腸がん
       

            
ロッシーニは50曲ちかくのオペラを作曲したが、
それらは1811年ごろから、1830年にいたる
約20年間の仕事だった。

イタリアでの最後の作品となった
歌劇「セミラーミデ」の成功を治めた初演の後、
ロッシーニはベネチアやロンドンなどを経て、
1824年32歳の年にパリを訪れた。
その地で「イタリア劇場」の音楽監督に就任した。

その後パリを拠点に活躍したが、
人気作曲家ロッシーニのパリでの成功を
決定的にしたのは、1829年37歳の年に
初演された歌劇「ウィリアムテル」だった。

しかし、大成功を治めた後に不眠症に
悩むようになり、オペラの世界から引退した。

若くして莫大な富を得たロッシーニの
その後の生活は悠々自適だった。

特に食通ぶりは有名で、自ら新しい料理を
創作し、大好物だったフォアグラやトリュフが
入った料理には今でもロッシーニ風という名が
残されている。

そんな生活が祟ったのか、オペラからの
引退後は病気がちになってしまった。
といって、作曲を止めてしまったわけではなく、
76歳で世を去るまで宗教曲や小品などの
作曲を続けた。

60代のころからは、「老いのあやまち」と
題された数多くの小品集を作曲している。

その中の一曲がピアノ曲の
「わが最後の旅のための行進曲と追想」で、
ロッシーニ自身のための風変わりな
葬送行進曲といった作品である。

154年前の11月13日に、パリの近くの
パシの別荘で、世の人の哀惜のうちに永眠した。



(ピアノ)アルベルト・ポルトゲイス
      ♪ 私が聴いた音源 ♪




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