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...... 2021年12月02日 の日記 ......
■ 《 難曲のひとつ 》   [ NO. 2021120201-1 ] co

【 ピアノ協奏曲 第1番 嬰ヘ短調 Op. 1 】

ラフマニノフ,セルゲイ・ヴァシリエヴィチ〔露〕
(1873.04.01〜1943.03.28) 70歳 癌



ラフマニノフは、ピアノ曲、管弦楽曲、室内楽曲、
声楽曲の分野にも数々の優れた作品を書いたが、
最も重要なのはピアノ曲で、傑作と認められて
いるものは、ほとんどこの分野に属している。
24の前奏曲とピアノ協奏曲(4曲)が
最も知られた作品 である。

     ピアノ協奏曲 第1番 嬰ヘ短調 作品1(1891年)
     ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18 (1901年)
     ピアノ協奏曲 第3番 ニ短調 作品30 (1909年)
     ピアノ協奏曲 第4番 ト短調 作品40 (1926年)

彼は作曲家であると同時に壮麗豪華な演奏をし、
稀にみるヴィルトゥオーゾとして、巨匠とうたわれた
ピアニストでもあったラフマニノフにとって、
これは当然のことであった。

ピアノ協奏曲においては、華やかなピアニスティックな
効果の上に、旋律の豊かさと、思索的な深みが
加えられ、それらをつらぬく濃厚なロシア国民的
色彩によって、独自な音楽性が築かれている。

「ピアノ協奏曲第1番」は、モスクワ音楽院の
学生の時代に書かれたが、8年後のロシアの
十月革命のさなかに改作が行なわれた。

やがてソヴィエト政権が確立した同年の暮に、
ラフマニノフは家族とともにフィンランドに亡命し、
その後、アメリカを定住の地とし、再びロシアには
帰らなかったので、この曲は彼が母国で
作曲した最後の作品ということになった。

1900年12月2日にラフマニノフ自身のピアノと、
この曲を献呈した師のジロティの指揮で初演された。

          第1楽章 Vivace
          第2楽章 Andante
          第3楽章 Allegro vivace



(ピアノ) セルゲイ・ラフマニノフ 
(管弦楽) フィラデルフィア管弦楽団
(指揮)  ユージン・オーマンディ 
       ♪ 私が聴いた音源 ♪





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