[PREV] [NEXT]
...... 2021年09月25日 の日記 ......
■ 《 耳疾の苦しみのなかで 》   [ NO. 2021092501-1 ] sy

【 交響曲 第3番 ハ長調 Op. 52 】

シベリウス,ジャン 〔フィンランド〕
(1865.12.08〜1957.09.20) 91歳 脳出血



シベリウスは、1892年に作曲した
「クレルヴォ交響曲 作品7」を除いて、1899年から
1924年の25年間に7曲の交響曲を作曲した。

       交響曲 第1番 ホ短調 作品39 (1899年)
       交響曲 第2番 ニ長調 作品43 (1901年)
       交響曲 第3番 ハ長調 作品52 (1907年)
       交響曲 第4番 イ短調 作品63 (1911年)
       交響曲 第5番 変ホ長調 作品82 (1915年)
       交響曲 第6番 ニ短調 作品104 (1923年)
       交響曲 第7番 ハ長調 作品105 (1924年)

1908年に喉の腫瘍の手術を受けていて、
彼は、死を身近に感じるようになっていたので、
この時期の作品は暗闇からかすかな光りを
探し求めるような感覚がつきまとっている。
34歳のときの作品である交響曲第1番は、
シベリウスの個性はまだ十分に発揮されてなくて、
特にチィコフスキーの影響がいちじるしい。
この年には有名な交響詩「フィンランディア」も
作曲している。

1901年に交響曲第2番を完成してからの
約4年間は、ヘルシンキから20マイルほど離れた
ヤルヴェンバーで、半ば隠遁的な生活を送った。
耳疾の苦しみのためである。

しかし、この間に有名なバイオリン協奏曲を
はじめとする、数々の代表作を作曲した。
この交響曲第3番もこの時期の1907年の
夏に完成し、9月25日にヘルシンキで
シベリウス自身の指揮で初演された。

壮麗な第2番と、内省的な美しさをたたえた
第7番とともに、彼の交響曲の中で最高傑作とされている
第4番との間にあって、とかく目立たない存在と
なっているが、形式も、楽器編成も小さいながら、
捨て難い美しさをもっている。

      第1楽章 Allegro moderato
      第2楽章 Andante con moto,quasi allegretto
      第3楽章 Moderato-Allegro ma non tanto



(管弦楽)ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団
(指揮) シクステン・エールリング             
             ♪ 私が聴いた音源 ♪





...... トラックバックURL ......
  クリップボードにコピー

...... 返信を書く ......
[コメントを書く]
タイトル:
お名前:
メール:
URL:
文字色:
コメント :
削除用PW:
投稿キー: