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...... 2020年06月01日 の日記 ......
■ 《 ピアノ曲 》   [ NO. 2020060101-1 ] s

【 夜想曲 ヘ短調「別れ」】

グリンカ,ミハイル・イヴァノヴィチ 〔露〕
(1804.06.01〜1857.02.15)  52歳



ロシア国民楽派の祖であると同時に
十九世紀の東ヨーロッパにおける国民主義音楽の
先駆的存在で、ロシア・シンフォニズムの
確立者であったグリンカは、地主の父の息子として、
2016年前の6月1日にユモレンスク州で生まれ、
少年時代を生地の村で過ごした。

近くに住んでいた叔父が、農奴で作った小編成の
吹奏楽団をもっていたので、グリンカの家の
催し事のときなどには、この楽団がやってきて、
ロシア民謡を編曲したものなどを演奏した。

少年時代にこうした民謡に親しんだことが、
やがて彼を国民音楽の創造に向かわせた
第一歩であったろうと、後にグリンカは
〈自叙伝〉の中で回想している。

彼は1830年から4年間、イタリアで過ごした。
26歳のこの年体調を崩し、勤めていた
運輸関係の公務員を退職した。
そして、音楽を学ぶために転地療養を兼ねて
イタリアに向かった。

この地で、メンデルスゾーンやベルリオーズに
会っている。
またイタリアのオペラ作曲家ベッリーニや
ドニゼッティとも知り合い、大いに刺激を受けた。

ピアノ曲の夜想曲「別れ」はグリンカの円熟期の
1839年、35歳のときに作曲した。
この曲は妹のエリーザヴェタに捧げられた。



ー チェロとピアノ編 ー

(チェロ)エリザヴェータ・スーシェンコ
(ピアノ)エカテリーナ・ダニエラン  
         ♪ 私が聴いた音源 ♪





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