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...... 2019年11月18日 の日記 ......
■ 《序曲の傑作》   [ NO. 2019111801-1 ] e_or

【 歌劇「オイリアンテ」J.291 - 序曲 】

ウェーバー,カルル・マリア・フォン〔独〕
(1786.11.18〜1826.06.05) 39歳 結核



近年までウェーバーの誕生日は12月18日と
されていたが、現在は洗礼の記録その他に照らして、
ちょうど1ヶ月前の11月18日が正確な月日とされている。

13歳でオペラの処女作を作曲し、
ピアノ奏者としても活躍した。
ウェーバーは、なによりも先ずオペラの作曲家で、
幼少のころからの体験が、彼をそう運命づけたようだ。

ウェーバー家は貴族の家柄で、父親は男爵の
爵位を持っていたが、軍人、音楽家、
役人として不安定な生涯を送った。

彼の夢は、モーツァルトの父のように息子たちを
神童に仕上げることだった。
劇場の舞台監督兼楽長のような仕事をしていたので、
ウェーバーも一緒に各地を転々としながら
父から音楽教育を受けた。

最初の結婚で生まれた2人の息子には、期待した
成果は得られなかったが、50歳を過ぎてからの
再婚で生まれた息子ウェーバーによって、
年来の夢は達成した。

彼は天才にはつきものの、現状には満足できない
理想主義、若さ、投機的な父の思惑についていけず、
不安定な生活を送ったが、ドレスデン歌劇場の
指揮者に迎えられた31歳のとき、オペラ歌手の
カロリーネと結婚した。

晩年、胸と喉頭の結核に冒されて、医師から静養を
命じられていたが、長年貧乏を味わってきた
彼の家族に対する思いやりから、無理を承知で
ロンドンでの演奏会の指揮をし、その後病状は悪化、
異郷で不帰の客となった。

遺骸は18年後に息子マックスに守られ、彼の
芸術的な意志を継いだワーグナーの力添えで、
祖国に永遠の安らぎを得ることができた。

長年の放浪によって自国、他国の様々の
オペラの様式を体得し、その時代の風潮であった
ロマン主義に身を染め、またドイツのロマン的な
自然と民族芸術に深く接触することができた。

そして彼は、ドイツ国民オペラを確立し、
創始者となったと同時にロマン派オペラの
先駆者となったのだった。

十三世紀のフランスの伝記「ジェラール・ド・ヌエルと
その愛人の美しき貞淑なるオイリアンテ」に
基づいて作られた歌劇「オイリアンテ」は、
あまり演奏されることはないが、序曲は古今の
歌劇の序曲中の傑作の一つに数えられる。

この序曲は、歌劇の物語と密接に関係していて、
華麗で輝かしい響きをもって、中世紀の
騎士の世界の雰囲気を描き出している。



        (管弦楽)アカデミー室内管弦楽団
        (指揮) ネヴィル・マリナー
              ♪ 私が聴いた音源 ♪





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