 【 ピアノ・ソナタ 第1番 ヘ短調 Op. 6 】
スクリャービン,アレクサンドル ・ニコライエヴィチ 〔露〕 (1872.01.06〜1915.04.27) 43歳 敗血症

モスクワ音楽院で学んだスクリャービンは、 院長のタネーエフに師事したが、同級生には ラフマニノフがいて、彼は作曲家として、 スクリャービンはピアニストとして有望視されていた。
しかし、ラフマニノフと違って彼は小さな手だった こともあり、練習のし過ぎで右手を故障し、 そのときに左手の特訓をして 「左手のための2つの小品」を作曲している。 右手は間もなく回復したが、そのころから ニーチェの哲学に心酔したり、宗教や神秘主義の 世界に足を踏み入れた。
スクリャービンはショパンの影響を受けていたが、 後にワーグナーやリスト、更にニーチェの影響も 受け神秘主義哲学にひかれていった。
露暦では、クリスマス生れだったこともあり、 神秘主義や救世主きどりに拍車をかけた。
リムスキー=コルサコフとは生涯に渡る 親交を結んでいる。
43歳のときに、唇への虫刺されが炎症を起こし、 悪性腫瘍となりそれが悪化し敗血症になり、 110年前の4月27日にモスクワで急死した。
1892年20歳のときに書いた「ピアノ・ソナタ第1番」は ピアノが弾けなくなったときの作品で、ピアノが 弾けない苦悩や絶望が現されている。
第1楽章 Allegro con fuoco 第2楽章 (Andante) 第3楽章 Presto 第4楽章 Funebre

(ピアノ)ウラディーミル・アシュケナージ ♪ 私が聴いた音源 ♪
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