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...... 2024年08月09日 の日記 ......
■ 《 最後の交響曲 》   [ NO. 2024080901-1 ] sy

【 交響曲 第15番 イ短調 Op. 141 】

ショスタコーヴィチ,ディミトリー 〔ソビエト〕
(1906.09.25〜1975.08.09) 68歳 肺癌



二十世紀を代表する大作曲家の
ショスタコーヴィチは、映画音楽から歌謡曲まで、
あらゆるジャンルの曲を作曲している。
融通性に富んだ才能は種々様々な作風を、
ジャンルにより、当局の意向により、自由自在に
変えているので、日和見主義と決めつける人もいるが、
ソヴィエトの現実を考えると、
それも仕方のないことだったのだろう。

彼は生涯をソビエトで過ごしたが、最後の作品の
「ヴィオラ・ソナタ」を完成させた後、体の不調を
訴えて入院し、49年前の8月9日にモスクワで
肺癌のため世を去った。

昨年が生誕100年だったショスタコービッチは
ペテルブルクの鉱山技師の家庭に9月25日生まれた。
父は大の音楽愛好家、母はペテルブルク音楽院出身の
ピアニストで、彼は母からピアノの手ほどきを受け、
後にペテルブルク音楽院で学んだ。

二十世紀を代表する大作曲家となった
ショスタコービッチが、卒業作品として発表したのが
「交響曲第1番」で、一躍天才作曲家として認められた。

マーラー以降の最大の交響曲作曲家として、
ベートーベンやブラームス、マーラーらと並ぶ交響曲の
大家として15曲の交響曲を書いた。

     交響曲 第1番 ヘ短調 作品10  (1925年)
     交響曲 第2番 ロ長調 作品14「十月革命に捧ぐ」(1927年)
     交響曲 第3番 変ホ長調 作品20「メーデー」 (1929年)
     交響曲 第4番 ハ短調 作品43  (1936年)
     交響曲 第5番 ニ短調 作品47  (1937年)
     交響曲 第6番 ロ短調 作品54  (1939年)
     交響曲 第7番 ハ長調 作品60「レニングラード」(1941年)
     交響曲 第8番 ハ短調 作品65  (1943年)
     交響曲 第9番 変ホ長調 作品70 (1945年)
     交響曲 第10番 ホ短調 作品93  (1953年) 
     交響曲 第11番 ト短調 作品103 (1905年) 
     交響曲 第12番 ニ短調 作品112 (1017年) 
     交響曲 第13番 変ロ短調 作品113「バビ・ヤール」(1962年)
     交響曲 第14番 ト短調 作品135「死者の歌」(1969年)
     交響曲 第15番 イ短調 作品141 (1971年)
      
            第1楽章 Allegretto
            第2楽章 Adagio
            第3楽章 Allegretto
            第4楽章 Adagio



(管弦楽)ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
(指揮) ベルナルド・ハイティンク    
           ♪ 私が聴いた音源 ♪





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