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...... 2022年11月06日 の日記 ......
■ 《 ドイツ人とフランス人 》   [ NO. 2022110601-1 ] sy

【 幻想交響曲 Op. 14a 】
     
ベルリオーズ,ルイ・エクトル 〔仏〕
(1803.12.11〜1869.03.08) 65歳
          
ミュンシュ,シャルル 〔独〕
(1891.09.26〜1968.11.06) 77歳
          

              
指揮者として活躍したドイツ系アルザス人の
ミュンシュは、アルザス・ストラスブールで生まれたが、
後にナチスの台頭を嫌ってフランスに帰化し、
その際にフランス風の名前に改めた。

バイオリンを学び、23歳でライプツィヒ・ゲヴァントハウス
管弦楽団の奏者となり、コンサートマスターを務めた。

1929年にパリで指揮者デビューをし、1937年から
1946年までパリ音楽院管弦楽団の指揮者となった。

1949年から1962年までボストン交響楽団の
常任指揮者を勤め、1967年にはパリ管弦楽団の
初代音楽監督に就任したが、翌年の1891年に
同団とともに演奏旅行中の11月6日、
アメリカのリッチモンドで急逝した。
日本には数度来日している。

生涯のほぼ半分ずつを、それぞれドイツ人と
フランス人として送り、両国の音楽を共に得意とした。
(この両国間で帰化した音楽家は少ない)

ミュンシュは、長い指揮棒を風車のように振り回す
情熱的な指揮ぶりで、爆発的な熱気あふれる
音楽表現で高い人気を誇った。
ベルリオーズの演奏は高く評価された。

初期ロマン派音楽を代表する作品の「幻想交響曲」は、
ベートーベンがこの世を去った3年後の1830年に
作曲した最初の交響曲で、原題は
「ある芸術家の生涯の挿話、5部の幻想交響曲」。

2部作の第1部だが、第2部の叙情的モノドラマ
「レリオ、あるいは生への復帰」作品14bは
2年後に書かれた。

ベルリオーズはパリ音楽院在学中の24歳の無名のころ、
有名な女優ハリエット・スミッソンに心を奪われた。
無名の貧しい学生の彼を相手にはしてもらえず、
そのときは、一方的な片思いに終わってしまった。

しかし、絶望的な恋は創作力への刺激となって働き、
愛の想いを、惨じめさを、恨みを、呻きを一つの
交響曲に塗りこめ、3年後に生まれたのが
「幻想交響曲」だった。

* 病的な感受性と、激しい想像力をもった
若い芸術家が恋の悩みから絶望して阿片による
自殺をはかるが、服用量が少なすぎて死に至らず、
昏睡に陥って奇怪な幻想をみる *

この交響曲の曲頭の説明文に書かれたもので、
異常性格的な内容ともいえるが、全楽章の
ある場面で優しいきれいな旋律が流れてくると
ホッとさせられるものがある。

自らの失恋体験を曲の題材とする、当時としては
斬新なアイディアと共に一つの主題が形を変えながら
全曲にわたり登場するという新しい作曲手法が
用いられた点で、この曲はクラシック音楽の歴史に
大きな足跡を残した。

こうしてベルリオーズは〈標題音楽〉という
新しい音楽のジャンルを作り出し、音楽史のなかで
特異な地位をしめることになった。

第1楽章 夢、情熱            
第2楽章 舞踏会             
第3楽章 野辺の風景           
第4楽章 断頭台への行進         
第5楽章 悪魔の祝日の夜の夢ー魔女のロンド



(管弦楽)ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
(指揮) ズービン・メータ         
           ♪ 私が聴いた音源 ♪




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