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...... 2021年12月30日 の日記 ......
■ 《 日本のフォスター 》   [ NO. 2021123001-1 ] v

【 童謡「シャボン玉」】
       
中山 晋平 〔日〕
(1887.03.22〜1952.12.30) 65歳
         

               
「シャボン玉」を作曲した中山晋平は、
明治20年3月22日に長野県で生まれた。
長野師範を出て、小学校教員を勤めた後、
東京音楽学校に入学、作曲を本居長世に師事し、
明治45年ピアノ科を卒業した。

昭和27年12月30日3時30分に
熱海国立病院で、膵臓炎のため世を去った。
葬儀の折は「てるてる坊主」も歌われた。

島村抱月方に居候して、「早稲田文学」編集を
手伝っていた縁で、大正3年芸術座の旗揚げ公演の、
トルストイの「復活」の上演に際して作曲した
「カチューシャの唄」(島村抱月・相馬御風作詞)が
うけて一躍有名になった。

「あの町この町」「雨降りお月さん」「シャボン玉」
「証城寺の狸囃子」 「黄金虫」 (野口雨情作詞)
「てるてる坊主」(浅原鏡村作詞)
「砂山」「雨降り」(北原白秋作詞)
「毬と殿様」(西条八十作詞)
「田植え」(井上赳作詞)
などの子どものための作品を発表して、
最も人気のある童謡作曲家となった。

一方歌謡曲において、
「船頭小唄」「波浮の港」(野口雨情作詞)
「出船の歌」(時雨音羽作詞)
「東京行進曲」(西条八十作詞)などを世に送った。

“日本のフォスター ”と呼ばれた彼の作品は、
童謡、新民謡、歌謡曲など約3000曲にのぼる。

彼の曲は、音の進行がなめらかで、日本的情調が
なんともいえず、多くの人を魅了した。
レコードでの大衆音楽の普及時代に際し、
大いに意味をもった作曲家だった。

雨情・晋平コンビの代表作の一つ「シャボン玉」は、
大正9年(1920年)に作られた。



シャボン玉

シャボン玉とんだ
屋根までとんだ
屋根までとんで
こわれて消えた

シャボン玉きえた
飛ばずに消えた
うまれてすぐに
こわれて消えた

風風吹くな
シャボン玉とばそ




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