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...... 2020年12月08日 の日記 ......
■ 《 多作家 》   [ NO. 2020120801-1 ] e_co

【 ピアノ協奏曲 第3番 ニ長調 H. 316 】

マルティヌー,ボフスラフ 〔チェコ〕
(1890.12.08〜1959.08.28) 68歳 胃癌



スメタナ、ドヴォルザーク、ヤナーチェク以後における、
チェコが生んだ最大の作曲家の1人のマルティヌーは、
130年前の12月8日にボヘミアの田舎の小さな町の
ポルチカにある小さな教会の鐘楼の塔の上で 生まれた。
その塔の上の一間に一家4人が生活をしていた。

生まれたのはチェコだったが、一生のほとんどを
外国で過ごしている。

27歳でチェコ・フィルハーモニー管弦楽団の
バイオリン奏者をつとめ、29歳のときに
カンタータ「チェコ狂想曲」でスメタナ賞を受賞し、
作曲家としてデビューした。

33歳になってパリに行き、ルーセルから作曲を学んだ。
第二次世界大戦を契機にナチスを避けてアメリカへ渡り、
市民権を取得して、交響曲などの作曲に取り組んだ。
プリンストン大学の教授もつとめた。

その後アメリカを離れ、ヨーロッパ各地を経て、
66歳のときにローマのアメリカアカデミーで教鞭を
執ったが居を構えることはせず、ホテル暮らしをした。

1958年に胃の手術をし、胃癌の末期だとわかり、
故郷チェコには帰ることなく翌年に
スイスバーゼル近郊の病院で68年の生涯を閉じた。

彼は速筆、多作家で作風は全体として新古典主義的だが、
個々の作品にはチェコスロバキアの民族性印象主義、
ジャズの影響が多様な現れ方をしている。

主要作品は、オペラ、バレエ音楽、交響曲、管弦楽曲、
協奏曲、ピアノ曲、合唱曲など多くの作品を残している。

「ピアノ協奏曲」は5曲作曲したが、3楽章からなる
第3番は、新古典主義に則った技巧的な作品で、
第2楽章でドヴォルザークのレクイエムの
主題が引用されている。

アメリカ滞在中の1937年に書かれ、後に改訂され、
1949年にダラスで初演された。

       第1楽章 Allegro
       第2楽章 Andante poco moderato
       第3楽章 Moderato - Allegro



(ピアノ)エミール・ライヒナー      
(管弦楽)チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
(指揮) イルジー・ピエロフラーヴェク  
        ♪ 私が聴いた音源 ♪





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