 【 エリーゼのために 】
ベートーベン,ルードヴィヒ・ヴァン 〔独〕 (1770.12.17〜1827.03.26) 56歳

ベートーベンは常に幸福な家庭生活にあこがれ、 それを望んでいたが、生涯独身だった。
いつも激しい感情をもつが、裏ぎられたり、 自ら婚約を解消したり、一方的な求愛に 終わったりといずれも結婚には至らなかった。
彼の恋愛が成立しなかったのは、 身分の相違にもあった。 交際した女性は、貴族か上流社会の 人だったため、親に反対されることもあった。
1795年 アルト歌手のマクダレーナ・ヴィルマンに (25歳)求婚したが断られた。 1798年 テレーゼ・フォン・ブルンスヴィックと 妹のヨゼフィーネが、ピアノの弟子として入門 1800年 ジュリエッタ・グィチアルディーが入門 (30歳)「ピアノ・ソナタ 月光」を捧げる。 彼女は3年後にガルレンベルク伯と結婚。 1804年 耳の異常 1806年 テレーゼと婚約 1810年 婚約解消 その後、テレーゼ・マルフィッティーに求婚 「エリーゼのために」を作曲
最も小さく、最も愛らしい作品のピアノ曲 「エリーゼのために」の楽譜は、ベートーベンの死後、 ルードヴィヒ・ノールによって発見された。 テレーゼ・マルフィッティーが草稿を所持していた。
ノールが草稿を写譜するときに、テレーゼを エリーゼと間違えたのではないかといわれている。 しかし、草稿は消失し、真偽の程はわからない。
曲は、軽快な主題を中心とした小さなロンド形式で、 1810年4月27日に完成したとされている。
ベートーベンの恋の相手の有名な女性としては、 彼の死後、弟ヨハンが秘密の引き出しの奥から ハンガリーの古い貴族の娘の テレーゼ・フォン・ブルスヴィックの 美しい油絵の肖像画と恋文を 見つけた。 手紙の書き出しに「わが不滅の愛人よ」という 呼びかけがあるので、“不滅の愛人への手紙 ” と呼ばれている。
それと彼女の妹のヨゼフィーネに送った 13通の手紙も有名である。 20歳のときに、47歳のタイム伯と結婚し、 タイム伯夫人となったが、1804年に未亡人となり、 1810年に3人の子どもを連れて シュタッケンベルク男爵と再婚した。
その、未亡人の間に、ベートーベンは13通の 手紙を送っているが、片思いだった。
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