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...... 2020年03月15日 の日記 ......
■ 《 アンデルセンの童話 》   [ NO. 2020031501-1 ] e_or

【 交響詩「人魚姫」】

ツェムリンスキー,アレクサンダー・フォン 〔墺〕
(1872.10.14〜1942.03.15) 69歳 肺炎



ツェムリンスキーはウィーンで生まれた。
父はボヘミア系のカトリック教徒で、
幼年期にユダヤ教徒として、シナゴーグ
(ユダヤ教の会堂)でオルガンを演奏していた。

12歳のときに入学したウィーン音楽院を卒業後、
ウィーン国立歌劇場の指揮者をつとめたが、
その後はマンハイムやプラハなどで、
ドイツ・オペラの指揮者として名声を得、
ベルリン国立歌劇場における活動は、
彼の名を一層高めた。

その間、マーラーを名誉会長とする作曲家集団に
加わり、若い世代の音楽家に大きな影響を与えた。

彼が作曲を指導した才媛アルマと恋仲になったが、
アルマがマーラーと出会って結婚をしたことから、
二人の仲は終わりを告げた。

シェーンベルクとは親友としてお互いを認めあい
ツェムリンスキーが対位法を教えたことから、
シェーンベルクの唯一の師となった。
後に、ツェムリンスキーの妹のマティルダは
シェーンベルクと結婚した。

ナチスの台頭後の1938年にアメリカに
亡命したが英語が出来ず、病気がちで
心臓発作に悩まされ、作曲も続けられないまま、
78年前の3月15日にニューヨークで
肺炎のため世を去った。

彼の初期の作品は、親交があったブラームスの
影響が認められるが、後の作品では
ワーグナーやマーラーからも影響を受けている。

1903年に完成した「人魚姫」は、デンマークの
アンデルセンの童話を元にしている大編成の
交響詩で、コンサートマスターの独奏も重要視される。

最初、楽章には次のような「表題」が
添えられていたようだが、後に削除された。

     第1楽章 海底/人間界の人魚姫、嵐、王子の救出
     第2楽章 恋する人魚姫、海の魔女のところで、王子
          の結婚式
     第3楽章 人魚姫の最後

初演はツェムリンスキーの弟子のシェーンベルクの
交響詩「ペレアスとメリザンド」と共に行われた。
しかし、初演後再演や楽譜の出版は行われなかった。

楽譜はツェムリンスキーがアメリカに渡るときに、
第2・第3楽章も一緒に渡ったが、第1楽章は
ウィーンに残されたことから、長らく文献のみに
記載された幻の交響詩だった。

1971年の生誕100年を機に、ツェムリンスキーに
目が向けられるようになったことから、
ウィーンとワシントンの図書館に分散保管されていた
交響詩のスコアが「人魚姫」だったことが判明した。



        (管弦楽)ベルリン放送交響楽団
        (指揮) リッカルド・シャイー
             ♪ 私が聴いた音源 ♪





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