 【 ワルツ「酒、女、歌」Op. 333 】 ヨハン・シュトラウス二世 〔墺〕 (1825.10.25〜1899.06.03) 73歳 肺炎

「ワルツ王」のシュトラウス2世は、194年前の 10月25日にシュトラウス1世の長男として ウィーンで生まれた。 幼少には父親の反対で、音楽家になる教育を 受けられなかったが、6歳のころから ワルツなどを作曲していた。
19歳で楽団を結成し、父の楽団と 競争するまでになった。 父の死後、父の楽団も指揮するようになり、 多忙な生活から過労で倒れ、それを機会に 弟のヨーゼフも楽界入りをすることになった。
38歳で宮廷舞踏会楽長の称号を受け、宮廷に 入れるようになり、ワルツの名作が次々と作られた。 父のものよりも洗練されていて、多様であり、 豊かな感覚を持っていた。
ヨハン・シュトラウス2世は3度の結婚をした。 37歳のときに結婚した最初の妻は、9歳年上の 歌手イェッティで、16年後に死去した。 その半年後には、声楽を勉強中の20歳の リリー・ディートリヒと再婚したが、妻の不行跡と 性格の不一致から、離婚した。
59歳のとき結婚した3番目の妻の アデーレ・ドイチェは、30歳も年下の若い 未亡人で、連れ子のアリスが、 子どもをもたないヨハンの心を慰めた。
彼は祝福された晩年を送り、1899年に 肺炎で73年の生涯を閉じた。 沿道には10万の市民が見送り、葬儀は盛大に 行なわれ、遺体は中央墓地に安置された。
フランスの国民オペラを確立したビゼーは、 シュトラウスU世が生まれた13年後に生まれ、 24年早く亡くなったが、誕生日も命日も同じである。
シュトラウスは、数多くのワルツを作曲したが、 「酒、女、歌 Op.333」は十大ワルツの中の 一曲で、ブラームスとワーグナーが愛したとされる。
「酒と女と歌を愛さぬ者は、生涯馬鹿で終わる」 という有名な格言を基に、ジョセフ・ベルが書いた詩に 音楽をつけた作品でが「酒、女、歌」である。
十大ワルツは諸説あり、資料により入れ替わりもある。
「朝の新聞 Op.279 」「美しく青きドナウ Op.314」 「芸術家の生活 Op.316」「ウィーンの森の物語 Op.325」 「千夜一夜物語 Op.346」「ウィーン気質 Op.354」 「南国のバラ Op.388」「春の声 Op.410」 「皇帝円舞曲 Op.437」

ベルク編曲 (演奏)アルバン・ベルク四重奏団 ♪ 私が聴いた音源 ♪
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