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...... 2019年09月02日 の日記 ......
■ 《 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 》   [ NO. 2019090201-1 ] e_sy

【 交響曲 第7番 ニ短調 Op. 70 】

ドヴォルザーク,アントニン 〔チェコ〕
(1841.09.08〜1904.05.01) 62歳 脳溢血

ノイマン,ヴァーツラフ  〔チェコ〕
(1920.09.29〜1995.09.02) 74歳    



ドヴォルザークが世を去った16年後に
プラハで生まれたノイマンは、プラハ音楽院で
ヴィオラと指揮を学び、在学中から
ヴィオラ奏者として活躍した。

指揮者としてデビューしたのは1947年で、
当時チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の
指揮者だったクーベリックが急病となり、
その代役としてだった。

同管弦楽団の他、チェコの別の管弦楽団の
指揮も執り、その後、東ドイツで活躍したが、
1968年のプラハの春にソヴィエトが介入した後、
祖国に戻った。

その後は20年以上にわたり、チェコ・フィル
ハーモニー管弦楽団の首席指揮者を務め、
同管弦楽団の国際的な名声を築きあげた。

日本へも1969年に初来日しそれ以降、
9度来日し、演奏会を行なっている。
24年前の9月2日、訪問先のウィーンで急逝した。

国外のツアーでは、ドヴォルザークやスメタナなど
自国の作曲家の作品をとり上げることが多かった。

「交響曲7番」は、ドヴォルザークが44歳のときの
作品で、構成的には古典的な伝統に
したがっているが、チェコの民族音楽的な
語法と時代的なロマン主義的な感情もある。

当時、ドヴォルザークは疲労感をおぼえ、
浮き立つような朗らかな気分になれず、
暗さや悲痛さを味わっていたが、意欲的に
作品に取り組み、暗い情熱と内省的な沈潜とが
融合したものになっている。

       第1楽章 Allegro maestoso
       第2楽章 Poco adagio
       第3楽章 Scherzo: Vivace-Poco meno nosso
       第4楽章 Finare: Allegro



        (管弦楽)ロンドン交響楽団
        (指揮) イシュトヴァン・ケルテス
              ♪ 私が聴いた音源 ♪





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